(2020完)百合組地区稲荷編

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四月。
寒い日と暖かい日が交互に来るそんな時期。桜が舞う中を入学式の子供達が通る。
ここは河川敷で川に映るように桜が植わっており桜のトンネルが長く続いていた。
「はあー、お花見はいいねー。なごむねー。風が強いけど」
実は強風の中、いなり寿司をモグモグ食べながら花見をしている神がいた。
見た目は中高生くらいの女の子。
しかし、彼女は現代にはあまりいない着物でお花見をしていた。
頭にはピエロがかぶる帽子のようなものをかぶっている。パッと見て異様な姿だが河川敷を歩く人々には見えていないのか目線をうつすことなく去っていく。
「ウカちゃん、おまたせー!」
ふと、袴姿の青年が柔らかい笑みを浮かべながら少女に近づいてきた。少女はウカちゃんと言うらしい。
「あー、ミタマ君やっときたね。遅いからいなり寿司かなり食べちゃったよ」
「あー! ほとんどないじゃないかあ!!」
ミタマ君と呼ばれた若い男は悲しそうな顔でうなだれた。
ミタマ君は袴姿で頭にはナイトキャップを被っているというとてつもなく違和感がある格好をしていた。
「しかし、最近、稲荷神に帽子が流行っているとはいえ、ミタマ君のそれはなんだか変だよー」
ウカはクスクスと笑っていた。
「いやいや、ウカちゃんのそれは何? どこで見つけたの? それ」
同じくミタマはウカのピエロ帽子を見てゲラゲラ笑っていた。
正直に言えばどっちもどっちだ。
「もういいよ! とりあえず桜見よう! 稲荷クラブ専用の花見でふたりしかいないってなに?」
ウカは頭を抱えてため息をついた。
「イナは来るよ。そう言ってた。リガノも来るらしいけど......」
「遅いねー。寒いんだけど。風強いし......」
どうやらこの河川敷の脇でいなり寿司を広げて花見をしているのは稲荷神達のようだ。
稲荷神の本家は伏見にいらっしゃるが彼らはそれではなく、地方に沢山ある『人間により効果がプラスされた伏見の稲荷とは違う稲荷様』らしい。元を辿れば同じになるが。
稲荷神は人間には見えない。故にどれだけ変でも問題はない。
「じゃーん! イナだよー!! おまたせー! 花見! 花見! お寿司ー! あれー!? 全然なーい! ガーン!!」
しばらくして現れたのは巾着のような変な帽子に羽織袴を着た幼い少女だった。
目がドングリのように丸いやたらと元気な子供だった。
「イナー、おそーい! リガノはまだあ?」
「もういる。待たせた。すまぬ 」
「うわあっ!」
突然背後から現れた長身の青年にウカ達は驚いて腰を浮かした。
リガノという青年は羽織袴にキャスケットを被っていた。彼が一番まともな格好に見える。
目は鋭く近寄りがたいが実は良い神である。
「リガノも遅刻だよー」
「すまぬ。まさかこんな微妙な場所にいるとは思わなかったのでな」
ウカ達がいたのは桜並木の先端だった。桜は一本しかない。
「ど真ん中はちょっと抵抗があってね......」
「はじっこも抵抗あるけどね」
ウカの言葉にミタマは苦笑いをした。
「まあ、とりあえず花見といこうか! それいこう! やれいこう!」
手を叩いて盛り上げたのは小さな稲荷神のイナだ。
「ほんとはもっと来る予定だったけど皆忙しいみたいだし......縁結びだの食物神だの......暇なのはうちらだけよ。ちなみに暇でも寝てて来ないのもいるし......あの子は信仰心集めは大丈夫なのかなあ......」
「ああ、実りの神、日穀信智神(にちこくしんとものかみ)、ミノさんねー。あの神も稲荷神だった」
「まあ、今度声をかけてみるよ」
稲荷神達の花見が始まった。
イナは真っ先に残りのいなり寿司を口一杯に頬張り始めた。
「俺は人の願いを聞き入れてもうまく処理できぬ......皆はどうしてるのか?」
リガノの問いかけに一同は唸った。
「......」
そして沈黙。
「いやー、まあ、ここに集まる時点でわかると思うけど......」
「ねぇ?」
「......」
再び沈黙。
「つまり......」
「皆うまくいってなくて神社が閑散としてるわけだね!! あははは!」
「あはははは!!」
イナの言葉にウカ達は大爆笑。
しかし、
「はあー......」
すぐにため息へと変わった。
つまり彼らは落ちこぼれなのである。
「こないだの稲荷ランキングいくつだった?」
「俺は下から三つ目だ」
「私は下から二つ目」
「僕は一番下」
「私は下から四番目!」
ウカ達はそれぞれ手をあげて答えた。稲荷ランキングは別にどうということはなくて稲荷神達のただの遊びだ。願いを叶えた数を単純に競っているだけである。
しかし、低いことすなわち信仰心のない神社と言える。
「てゆーかさ、五番目まで同じ信仰心じゃなかった?」
「下から五番目はミノさんだったなあ......。つまり......」
「五番目まで皆最下位! あははは!」
「あははは!!」
イナの言葉にウカ達は大爆笑。
しかし
「はあー......」
すぐにため息へと変わった。
「まあ、今度、元号が令和になるじゃない? だから令和キャンペーンとかいいと思うんだけと」
ウカは気分を戻して提案した。
「例えば、名前に令とか和とか入ってる人は......」
「それ、人間がやってるサービスと一緒だよね!? てか、神社でそのキャンペーンやっちゃダメ! 誰の願いも叶えてあげるのが神社だと思うんだけど!?」
ミタマがウカの提案を慌てて却下した。
「でも五月から令和に......」
「だからなんだ......」
リガノもため息をついた。
「まあ、新元号になるし、ここでひとつ、団結して神力を上げるのはいかがだろーか!!」
イナが地面をバンと叩いて叫んだ。
「団結!?」
「そう! 皆でやれば急上昇!」
「おお!」
イナに乗せられた流されやすい稲荷神達はなぜか納得し拳を高く上げた。
そこに深い理由はない。
そこから花見が会議へと変わるのだがいなり寿司を新たに調達し食べる会になった。桜はどこにいったのか。
まあ、とにかく稲荷神はよく食べるのである。

「TOKIの世界譚」稲荷神編حيث تعيش القصص. اكتشف الآن