荼毘くんが亡くなっています。
※別作品「ただいま 」の原作軸終了後のお話をイメージしていますが、あくまでイメージなので本編を読んでいなくても全く問題ない内容です。
荼ホ荼毘ホ
1312171
October 19, 2024 5:20 PM
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【 アオスジアゲハと45秒 】
最初の記憶は視界いっぱいの緑色。艶のある表面はさらりと肌に心地良く、時折そよぐ風にゆらりゆらりと揺れていた。柔らかく降り注ぐ陽光に温められた自然の揺籠は、このままいつまででも微睡んでいたい気持ちにさせてくる。ふわ、と大きな欠伸をひとつ溢して、そういえば、ここは何処だろうかと首を捻った。右に左に視線をやって、周りを囲う緑色に目を凝らす。つやつやの緑の中を走る幾本もの葉脈を見つけ、揺籠の正体が一枚の大きな葉っぱであることに気が付いた。どうしてこんなクソでかい葉っぱに包まれてるのだろうかと疑問に思うも、こうなる前の記憶は無い。ふいに柑橘系の爽やかな香りが鼻腔を擽って、くるるとなった腹が空腹を訴え始めた。目の前の葉っぱが何故だかご馳走に見えてきて、衝動のままむしゃりと齧り付く。葉っぱを食うなんてどうかしてると思いつつ、ほろ苦いそれを夢中で食べ進めた。
いっとう硬い一筋をぱくりと噛みちぎれば、ぷつん、と小さな音がして浮遊感に襲われる。ぽとりと落ちたのは柔らかい土の上で、見上げた先には途轍もなく大きな木が聳え立っていた。どうやら枝に茂っていた葉っぱごと落ちたらしい。結構な高さから落ちたようだが、不思議と痛みは感じなかった。体を包む葉っぱの中からもぞりと抜け出して、残った緑を食べ尽くす。まだまだ腹は満たされない。次のご馳走を求めて地面を這った。短い手足と長い胴体を一生懸命動かして、のったりのったり進んでいく。一際食欲を唆る香りの低木を登った先に、青々と茂ったたっぷりのご馳走を見つけてご機嫌に首を振る。これなら当分食いっぱぐれることはないだろう。にんまり笑って、ここを棲み家にしようと決めた。たくさん食べて、たくさん眠った。時には葉っぱの裏に引っ付いて、風に揺れるブランコで遊んでみる。たまにやってくる鋭い嘴を持った化物だけが厄介だったが、隠れる場所には事欠かない。今のところは見つかることなく逃げ切れている。のんびりだらだら過ごしつつ4度の脱皮を経験し、貧相だった体は立派なずんぐりむっくりに成長した。短い手足にむちむちな寸胴の体をアイツにみられたら、きっと大口開けて笑われるだろうと嘆息して、はて?"アイツ"とは誰のことだったか、と首を傾げた。
まぁいいか、と欠伸を溢す。この体はまだ子供なせいか、あまり難しいことを考えられない。大人になれば、きっと答えが分かるはずだ。だから早くこの不恰好な体とお別れしよう、と硬化していく体と共に目を閉じる。次に目が覚めた時、きっと自分は立派なオトナになって、自由に空を舞えるだろう。そうしたら、真っ先に"アイツ"とやらの元へ飛んでいこう。ふふんと微睡の中で微笑んで、ゆっくり静かに眠りに落ちた。*****
神輿となって早数年。幾分か暇になってきたとはいえ、毎日どこかで大なり小なり事件は起きる。デスクに積み上げられる書類の山は、一向にその標高を下げてはくれない。連日連夜の激務に脳が限界を訴えていた。眼精疲労からくる頭痛も酷い。
だめだ。少し休憩しよう、と珈琲片手に屋上へやって来たのが5分前。落下防止の柵に肘を置き、夕日に染まるビル街を見下ろした。忙しなく流れる米粒大の人波を無心にぼうっと眺めていれば、不意に視界の端をひらりひらりと青が過る。おや、と振り向いた先。夕日に照らされて尚自身の色を失わない、掌ほどの大きな蝶々と目が合った。
マットな黒の縁取りに、透き通る春の空を写したパステルブルーの翅。まるでどこかの誰かを彷彿とさせる色合いに、とうの昔に鍵を掛けたはずの感傷が顔を出す。くるりくるりと楽しそうにホークスの周りを舞っては髪や頬を撫でていくその色彩から目が離せなくて、知らず呼吸を止めていた。