作:松宮宏
「京都ってのは、どろぼうにとっちゃ、まるで仕事がしやすいところさ。どうしてだか、お前さん、わかるかい?」
私が肩をすくめると
「最初は進々堂って喫茶店で耳にはさんだ話なんだが」
と、どろぼうは切り出した。
私が
「進々堂って大きなテーブルが有名よね。黒田辰秋って人間国宝になった人が作った」
と言えば、
「百万遍じゃねえ。祇園だ。メロンパフェをみどりぃの、イチゴパフェをあかいーのって呼ぶほうだ」
と、どろぼうは言った。
祇園の進々堂は昭和の昔から商売をされている、文化の香り高き喫茶店だ。四条通から切り通しを上がったところにあり、店内には芸舞妓さんの札がいっぱい貼ってある。
「ガラスのショーケースに甘ぇもんを綺麗に並べてよ、小間物屋みてえな商いをしているが、喫茶コーナーの扉にゃ二六時中『準備中』って札を下げてやがる。実際、扉を引いて顔をのぞかせ『あいてるかい?』と尋ねりゃ『どうぞ』と招きいれるってえ案配だ。しち面倒臭えが、『茶漬け食べていきねぇ』『いや、ごめんなし』みたいなもんだ。そういう気脈がわからにゃ京のつきあいはできねえと、違えねえな、お前さん」
違えねえ、と言われて何を答えればよいのか迷っていると、どろぼうは、「あんたは京のひとかい?」と尋ねてきた。
「都の女です」と答えると、
「てえしたもんだ。京もんは、今でもこっちを都っつうんだな」
どろぼうは、さもあらん、みたいな口調で言いながら、私の目をチラ見したが、いすをまわしてカラダを半身に構え直し、左目の端から私を見る姿勢になった。
「手掛かりは客の話なんだがよ、そいつでひらめえたんだ。当ててみるかえ? おれはなにをひらめえた?」
「何って・・さぁ」
私には思いもよらなかったし、テレビのクイズみたいに、少しずつ正解に迫ろうとも思わなかった。楽しい秘密を抱えている。しゃべりたくて仕方がない。でも訊かれるまで待っている、どろぼうはまるでそれだった。案の定、どろぼうは長い舌を伸ばし、唇をぐるりと嘗めた。さぁ、ここからがおもしろいぞ、って感じで。
「声のいい客がいてよ、名物の厚切りトーストを食べてたんだがよ、そうでえ、全員がみどりぃのやあかいーのを注文する訳じゃない。常連はトーストさ。そいでもって、声のいい常連は歌舞伎役者と相場が決まってら。そいつはトーストを口に入れながら喋ってんだが、何せ腹から声が出る。ツラにとんと見おぼえなかったが、南座に出ている役者さ。ここだけの話、っておやじの耳に口を寄せても声が往来まで届いちまう。要は後生語りぐさになる災難に遭った、てえ話だったんだが、お前さんも聞いたことあるだろう。『舞妓どろぼう』さ」
*物語の舞台:祇園切り通し進々堂
舞妓さん達の喫茶店。メロン味のゼリーが「舞妓さん好み みどり~の」
イチゴ味のゼリーは「舞妓さん好み あかい~の」
看板にはいつも「準備中」の下げ札。でも扉を開ければ笑顔で「おいでやす」と迎えてくれます。
切り通し進々堂 緯度 35.004104 経度 135.774284
知っているわ、ニュースも見たし、と言うと
「役者仲間も財布をぬかれたんだと」
どろぼうはしたり顔で、相づちをうった。
「妙な話もあるもんだと聞き流していたが、暇そうにコーヒーを交ぜていた芸妓が話にがっつり噛んできた。仕事前のすっぴんだったが、まゆげなしの和服女、ひと目で芸妓とわかったぜ」
まゆげなし、ってひどい言い方だし、そんなの誰でもわかる。 切り通しで和服なら花街のお姐さんだ。
「芸妓は喋りやがったねぇ。贔屓筋が新橋通りで掏られたんだと。客の災難だからよ、おおっぴらに出来なかったみてえだが、誰かに聞いてもらいたくてずっと溜めてたんだな。要は、季節もちょうどよい案配となった紅葉の頃、辰巳大明神に黄色い声をあげる舞妓がいっぱいて、そん中にどろぼうがいたって話だ。そいつらは本物じゃねぇ。観光客さ。京都じゃ借りれっだろ。舞妓一日体験コースとかってな。顔も塗ってもらって、ぽっきり1万円てえやつだ。まる1日舞妓ちゃんになりきれてよ、万札1枚は安いぜ。どうだい、ひとつ、お前さん似合うぜ。和顔だしよ。花魁にだってなれるはずだ。値はもちっと張る記憶があるが」
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太秦の次郎吉
Humor京都右京警察で出会ったどろぼうと女性弁護士。祇園〜北野天満宮〜太秦と舞台は移り、仮面ライダーやマツケンも登場して意外な結末へ。表示イラスト 川内さつき