昔からある古い学校の裏に稲荷神が祭られていた。ここは山の奥深くにある村で、生活している人々は車を持っていないとどこに行くにも不便だ。まわりは山と舗装されていない道路が続いていてその周辺にまばらに昔ながらの一軒家が建っていた。そんな村の中にある唯一の小学校。高梅山分校(たかうめやまぶんこう)。この学校はいつ廃校になるかわからないギリギリを彷徨っている学校だ。
この学校の裏に住んでいる呑気な神様、稲荷神のイナは神社が小学校の近くにあるからか何故か幼女の姿だ。元々きつねだったイナは人型になるのが苦手らしく、少しだけ変化が下手くそだった。服装は巾着袋のような帽子をかぶり、羽織袴である。黒い髪は肩先で切りそろえられていてもみあげを紐で可愛らしく結んでいた。
日本人形のような女の子、イナは自分が祭られている小さな神社でお昼寝をしていた。
今は桜の季節だ。今日はほどよく太陽が光り、ポカポカと暖かい。
しばらくお昼寝を満喫していたイナだったが人の足音で目を覚ました。
「......?」
イナは眠い目をこすり、社の外へ出た。社の前に置いてあるお賽銭箱の前で白髪交じりのおばあさんが無言で手を合わせていた。
「......?」
イナは首をかしげながらおばあさんを見つめていた。おばあさんの目にはイナは映らない。通常、人間の目に神様は映らないからだ。
無言のおばあさんは心で何かを祈っているようだ。お賽銭を入れた直後からイナの耳におばあさんの祈りが聞こえてきた。お賽銭は言うなれば神様との電話代だ。
お賽銭を入れれば人間の祈りはイナに聞こえるようになる。
おばあさんはこう祈っていた。
......この学校がなくなりませんように。
イナは首を傾げた。この祈りはイナの分野外だった。神々には担当している分野がある。縁結びだったら恋愛などそれぞれかなえられるモノが決まっているのだ。
......分野外だ......。残念だけどこの願いは叶わないや......。
イナは少し残念そうにおばあさんを眺めた。この祈りはイナに届いたがイナが叶える事はできない。
おばあさんはそんな事情がある事も知らず、満足な顔で神社を去って行った。
「イナ。参拝客来てたけど......。」
ふと近くで女の声がした。イナは声のした方を向く。木の陰から暗そうな女の子が現れた。
女の子は外見、十七、八で黒い短い髪につばの広い帽子を被っており、質素なシャツとスカートを履いていた。
「地味......いや、ヤモリ!」
イナの発言につばの広い帽子を被った少女はあからさまに嫌な顔をした。
「あんた、今、地味子って言いかけたよね?他の神からあだ名で地味子って呼ばれているけどそんなに地味じゃないんだからね。私は民家を守る神、家守(やもり)から出世して龍神になった神だよ。家守龍神(いえのもりりゅうのかみ)だよ!」
ヤモリと呼ばれた少女はイナに向かって叫んだ。
「ごめんなさい。」
イナは素直にあやまった。この龍神、地味だがイナよりも遥かに神格が高い。あだ名が地味子な理由は他の龍神と比べると地味だからだ。
「まあ、いいよ。で、さっき参拝客が......。」
「うん。でも分野外だったから仕方ないや。」
イナはヤモリに落ち込んだ顔を見せた。
「願いはなんだったの?」
ヤモリは懐に持っていたけん玉で遊び始めた。日本一周をやりながらイナに目を向ける。
「うーん......。学校がなくならないようにだって。」
イナはヤモリのけん玉の技に目を丸くしながら答えた。
「そりゃあ、君には無理だね。」
「うん。でも暇だからちょっとあのおばあさんについて知りたくなったよ。」