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シャカシャカシャカシャカシャカ...
シャカシャカシャカシャカシャカ...
静かな部屋に抹茶を立てる音がいっそう大きく聞こえる。
緊張感が張り詰める部屋の中で、僕の鼓動が少し早まる。
正座を長時間味わった事のない足がしびれ始める。
ほんのりと香る抹茶の香りが鼻をくすぐる...
ぐーぐるるるるる
ズルル
と、そこに騒音が入る。
「あっ、ヤベ」
キリンの腹の音だ。よだれまで垂らしてる...目の前の茶菓子がそんなに魅力的なのか?いや、確かにこの茶菓子は美しい。でも腹が鳴るほどではないんじゃないか。
というかいい加減そのかぶり物を取れ。失礼だろ。
「もう、星ちゃん!」
横で小声でキリンを叱る委員長。
すまんすまん、と謝るキリン。
蔑むような眼差しが四方からキリンめがけて飛んでいく。痛そう。
わかってると思うけど今僕たちがいるのは茶室だ。茶道部のだ。今僕たちは絶賛部活見学中で、「委員長の所属している部活〜」と言われキリンに連れてこられたのだ。「抹茶は苦手だから茶道部には入らないと思う」という僕の反論はあっけなく無視された。委員長は転校生の学校案内という仕事があると言い部活を休ませてもらっているらしい。
床は畳敷きで、円形の窓からチラチラと光が差し込んでいる。茶室の壁には掛け軸が飾られていて、その前には花瓶があり、花が生けてあった。なんとも風情のある部屋...のはずだなのだが。
この部屋に場違いな物がいくつかある。キリンのかぶり物は当然として、銀色のミニ冷蔵庫とその上に乗っかってるココナッツジュース。定番のピンクのパラソルが切り口に突っ込まれているやつ。冷蔵庫の端にはヤシの木のマグネットが。そして何と言っても茶道部の部員たちの衣服だ。アロハシャツとカーキパンツとは茶道部員としてどうかと思う。派手なアロハシャツが落ち着いた茶室の空間をぶっ壊している。
僕の微妙な顔に気付いたのか、「困っちゃうよね」という笑顔を僕に向けた。どうやら委員長も南国風と和風のアンバランス加減には参っていたらしい。僕は「大変ですね」というかのように委員長を見ながら首をくいっと突き出した。
知っている通り、今日はこの学園で仮装イベントのような物が開催されている。各クラスがお題を決めて仮装するとは聞いていたが、部活もだとは初耳だぞ。さては校門の前で会ったやつ、田月汰裕と言っていたかな、嘘をついていたようだな。しかも初対面の転校生に。頭の中で「不良だから許されんだよ」とニヤニヤしているやつの顔が浮かぶ。ムカつくので架空のハンマーでその顔を思いっきりぶっ潰した。
いや、別に部活も仮装するという事実に腹は立ててない。ただ平気に嘘を付く人が気にくわないだけだ。「不良だから〜」と歌うやつの声が頭の中に流れる。あー、うっとうしい。
そう思いながら、僕は委員長に習倣って茶菓子を口に運んだ。ハイビスカスの形をした生菓子だ。細かな独特の模様が刻まれているところから察して、おそらくこれは特注品だろう。ハイビスカスをモチーフにした和菓子なんてそうそうないからな。
もっちりとした皮の中は上品な餡が包まれている。餡の中心には寒天が埋め込まれていて、さらにその中には濃いピンク色の液体が包み込まれている。噛んでみるとじゅわっと甘い、フルーティーな液体が口に広がった。これは...味わった事のない変わった味だ。
横をちらっと見ると、委員長は目を丸くしていた。キリンはなぜか当たり前のように甘々なコンビネーションを楽しんでいた。味オンチなのか、それとも単にその液体の正体を知っているのか...
すると、説明係らしきアロハシャツを身にまとった人が「その反応、待ってました!」というかのように、ニヤッとしながら説明をしだした。
「皆様、その不思議な液体が何か、疑問にお思いでしょう。実はその液体、ハイビスカスの花のエキスなんです。ハイビスカスのエキスには...(成分や効能の説明:長くなるので以下省略)」
ほお、ハイビスカスのエキスか...嫌な甘さではなかったな。むしろ爽やかな味だな。委員長もおなじく「ほお」と感心しているようだ。キリンは...「お菓子もっとくれないかなー」という顔をしてじぃーっと説明係の人を見て
いた。
数分後、抹茶が配られた。苦いのは苦手だが、なんとか三口で飲み干せた。良かったー。
茶道部の部室から出る時、アロハシャツの人に「ぜひ茶道部に入部してね〜」と声を掛けられた。
スンマセン、正直に言って嫌です。
部室のドアを閉めると、委員長がホッとした顔をした。
「今年はまだまともで良かったよ。去年なんてテーマが「ディスコ」だったんだよ!」
うっわー。なんとなく、なんとなくだけど想像できる。
「先輩いわく、天井にミラーボールが飾られて、壁には銀色の壁紙が貼られてて。あっ、さすがに畳はそのままだったらしいけど、とにかく和室のイメージぶっ壊し。衣装は男女同様スパンコールを散りばめたジャケットとロングパンツ。さらに頭にはアフロのカツラだよ!どう思う!?完全に茶道部じゃないよね!ひどいよね!」
おお、委員長が怒ってらっしゃる。
「まっ、いいじゃん、今年はまだましなんだからよお。」
「でもね、星ちゃん。やっぱり茶道部の部員として「和」のイメージを保ちたいの!今年はまともな抹茶を出したけど、去年は抹茶フロートだったんだよ!邪道だよ!もー、本当にもー!」
委員長は両手で髪の毛をくしゃくしゃした。本当に人間ってむしゃくしゃした時に髪の毛をくしゃくしゃするんだなー。
そう思っていると、キリンが小声で僕にささやいた。こいつも小声で喋れるんだ。
「委員長って茶道部のことになるとアツくなんだよなー。まっ、アツい委員長はめったに見れねーから今堪能しとけよ。」
そう言うとキリンは「ケケケ」と笑った。
「ふーん」
なるほど。委員長とキリンが仲がいい理由がなんとなくわかった気がする。
「さてと、」
あっ、委員長が戻ってきた。
「じゃあ、次、どの部活見に行こっか。今日はもう時間がないからあと一つしか行けないけどね。」
「マコツンはどの部活を見学してーんだ?なんなら俺がいるバドミン...」
「ごめん、スポーツは興味ない。」
「ちえっ、そうかよ」
「まあまあ、星ちゃん。で、奥田君はどの部活を見学したいの?」
「うーん」
どの部活と言われてもなー。
そうだなー、一番秘密を隠せそうな部活がいいなー。いつまでも自分を偽り続けられるそんな部活...
「あっ」
あった。
僕の条件を満たす部活が。
「行きたい部活あった。」
「えっ、どれ?」
「演劇部。」

どっと一回恋に落ちWhere stories live. Discover now