#1 luiとlua

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 10月の初旬、その日は朝からよく晴れていた。

 携帯の目覚ましをoffにするのを忘れていた私は、平日に起きるいつもの時間にいったんは目を覚ましてしまったが、休日ということを思い出すと、カーテン越しの日の光に覆われたまどろみの中に、再び意識を埋没させた。

 そうしてどれくらい寝入っていたのだろう、ふと目をあけると、東側の出窓から差し込む光はすでにかなり弱まっていた。私は、身体を起して背伸びをすると、滑り落ちるようにベッドから降りた。

 前日までの仕事の疲れがまだ抜けきらない気だるさを纏いながら、リビングで遅めの朝食兼昼食を済ませた私は、妹にいれてもらったコーヒーをもって自分の部屋に戻った。

 机の上のノートパソコンを立ち上げてメールをチェックした後、ワードのファイルを開く。

 休みの日はいつもこんな感じだ。

 私の名前は、lui。現在は、家の近所にある会計事務所で働いている。もう、5年ほどになるかな。

 生物そのものに興味があって自然科学系の大学に入ったのだけれど、実験をするのがとにかく苦手で、研究者になるのを早々にあきらめてしまった。もう少し頑張ればよかったのかもしれないけど、向き不向きって、やっぱりあるよね。

 会計の仕事を選んだのは、いわゆる"くいっぱぐれ"がなさそうだったから。どんな会社も財務処理はしなきゃならないわけだし、おそらくたいていの経営者はそういう面倒な仕事をやりたがらない。

 当時はほとんど思い付きだったけれど、今のところこの仕事はさほど苦になっていない。

 そんな私は今、趣味で小説を書いている。書き始めたのは一年くらい前かな。なぜ急にそんな衝動にかられたのか自分でもよくわからない。だけど、とにかく書かずにいられなかった。パソコンのキーを叩いて自分の想いを綴ってゆく作業は、いともたやすく私を虜にした。

 コンコン

「姉さん、いい? 入るよ」

 6つ下の妹、luaの声がした。振り向くと妹はすでに中に入ってきていた。どこか不敵な細い笑みを浮かべて。

「やってるねえ、今度はどんな話?」

「なんでもいいじゃない。気が散るから向こうに行ってよ」

「まあまあそう言わずに。姉さんの書く話は、私の絵のテーマにもなってるんだから」

 妹は現在、美術大学に通っている。幼いころから絵を描くのが得意で、市の教育委員会が主催する児童絵画コンクールなんかでもよく入選していた。金色に輝くトロフィーや盾、賞状なんかを持ち帰ってきたときの妹の顔は、なんて言うか、特別な光にでも包まれているみたいで、そう、まぶしかった。

「あんたが勝手に始めたんでしょ。そもそもどうしてそんなことをしてるのよ?」

「だって、姉さんの書く物語って、ちょっと変じゃない」

「変!?」

 私の書く物語は、少なくとも純文学に属するものではなくて、敢えて言うとすればSFやファンタジーといったジャンルに近いかもしれない。だけど、SF小説と呼べるほどリアリティのある科学の世界を表現しているわけではないし、ファンタジー小説と呼べるほどパンチのある魅惑的な世界感を築き上げているわけでもない。

 いずれにしても中途半端な感じなのは自分でもわかっている。でも、それを妹に指摘されるとは思ってもみなかった。

 妹は雑誌の類はよく見ているけれど、本については小説も含めてほとんど読まない。もちろん、中途半端なものという意味で妹が私の小説を「変」といったかどうかはわからないけれど、小説のことをあまり知らないであろう人間ですら、私の小説に何等かの違和感を抱いていることは確かだ。

「ごめん姉さん、別に悪気があって言ったんじゃないよ」

「いいのよ、別に」

「そんなムスッとした顔しないでよ。ほんとにそういう意味で言ったんじゃないんだから。姉さんの小説はねえ、とらえどころがないっていうか、よくわからないことが多いんだ。でも......」

「でも、何?」

「......なんか感じる」

「感じる?」

「そ、だから私はそれをビジュアル化しようとしているの。うーん、口じゃ説明し難いなあ」

「ふーん」

 何かを感じるという妹の言葉が、不思議な旋律をもって私の中に響いた。

「あれ? 姉さん、これって『モナ・リザ』?」<pic1>

「あれ? 姉さん、これって『モナ・リザ』?」<pic1>

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 妹は、私のデスクのすぐ脇の壁を指さして言った。

「ええ、そうよ、昨日飾ってみたの」

 インターネットの画像をダウンロードして家のプリンターで印刷したA4サイズの『モナ・リザ』[注1]が、小さな額縁の中に収められていた。

「姉さん、『モナ・リザ』、嫌いじゃなかったっけ?」

「嫌いじゃないわ。ただ、何ていうか、ちょっと怖くて避けていたみたいなところはあったかな。今まではね」

「一体どうしたの?」

「ちょっと気になることがあって、この2週間ぐらいかな、ネットでいろいろと調べるうちに、この絵に対する見方がまるっきり変わっちゃったのよ」

「へえー、こんな風にいつも近くに置きたくなるくらい?」

「えっ? うん、まあね。ねえ、lua、あなたはどう思う? この絵のこと」

「どうって、別に、悪くはないと思うよ。色使いもきれいだし。でも私自身、こういう絵を描いてみたいと思ったことはないかな。ぱっと見、眉毛とまつげが描かれていないこともなんか不自然だし。正直、どうしてこの絵がそんなに有名なのか分からない」

「そうよね。私もそんな感じだった。ねえ、よかったら聞いてくれる? この絵を私がどう解釈したかを」

「うん、いいよ」

 私は、以前ダウンロードした『モナ・リザ』の画像を2枚プリントアウトした。

ラ・ジョコンダOù les histoires vivent. Découvrez maintenant