■第二十五章:魔王昇天

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■第二十五章:魔王昇天

道真を大宰府に左遷した後、藤原時平は藤原菅根を大宰大弐に任じた。菅根を大宰府に赴任させ道真の動向を監視させようとしたのである。

だが、実際には菅根を赴任させる事はなく、一月後に大宰大弐への任官を取り消している。其の後、菅根は内裏にあって順調な出世を重ねていた。

菅根は都を離れる事を厭い、自分の身代わりに手の者を大宰府に送り込んだのだ。其の者に道真の動向を逐一監視させる事を条件に、自らは都に留まる事を許された。

道真には、常に「影」が付き纏っていた。

「主様、都から何やら蠅が一匹付いて来た様で御座います」

任地での暮らしを始めてから数日経った頃、鳶丸は道真にそう告げていた。

道真は、面白い事を聞いたかの様に微笑んだ。

「都の蠅とな? 是は懐かしい。ようも遙々と飛んで来た物よ。良い、良い。好きにさせて置け」

「構いませぬので?」

「隠さねばならぬ事も、盗られて困る物もないわ。都の蠅を飼ってみるのも一興であろう」

道真は、己の動向を筒抜けにした方が時平は安心するであろうと考えた。

「蠅一匹追った所で、別の蠅が飛んで来るだけじゃ。捨て置け、捨て置け」

幸い影は一人だけであったので、唐商人を招く時等は囮を使って別の場所に誘き出したり、影が寝静まった事を見届けてから事を起こした。

影から時平への報告によれば、道真は館から他出する事もなく、静かに謹慎生活を続けていた事に成っていた。

其れはある意味正しかったのであり、狙い通り初めの内は時平を安心させた。

しかし、人間は心の弱い生き物であり、特に時平は猜疑心が強かった。

平穏無事が半年も続くと、何もない事が却って不安に思われて来た。実は、自分の知らない所で道真は陰謀を巡らせているのではないのか?

其れは一面では真実であったのだが。

道真は時折憐れを誘う手紙を都に書き送っていたが、時平の心に立つ波風を長くは鎮める事が出来なかった。

本当に道真は大人しく幽閉に甘んじているのか?

遂に「影」は時平に命じられ、一夜道真の館に忍び入った。陰謀の証拠はないかと、館の裡を探し回ったのだ。

無論、道真主従は此の侵入に気付いていた。気付いていたが、好きにさせた。

見つかって困る様な物等、身の回りには置いていない。気の済むようにさせる事で、時平が安心して呉れれば良かった。

そんな騙し合いが二年続いた。

「そろそろ良かろう」

道真は、予ての企て通り自らの「病死」を演出する事にした。

薬師を呼んだり、夜中に苦しむ様を演じたり。

そして遂に、延喜三年二月二十五日、道真は息を引き取った。

そういう事にした。

道真の死に立ち会ったのは、鴻臚館付きの薬師玄理であった。

李親子の一件を通して道真の知遇を得た玄理は、其の人格識見に心酔した。道真も又、玄理、白朝師弟の人柄を見込み、天神の構想を打ち明けて協力を求めた。

鉄と草の血脈-天神編Where stories live. Discover now