■第十三章:大織冠神像破裂
「何をしている?」
ある夜、様子のおかしい葛彦に梅若が声を掛けた。
「何でもねえです」
「何でもない事があるか。其の荷は何だ?」
「何でもねえです!」
言った拍子に、葛彦が背負った荷が崩れて、袋が一つ地面に落ちた。
「放って置いて下せい!」
梅若が手を伸ばして袋を拾おうとすると、葛彦は其れを止め様とした。
「どうかしたのか?」
構わず、梅若は袋を手に取った。
中身は粉の様な手応えであった。
「これは……?」
袋の口を広げて覗いて見ると、中に入っているのは火薬であった。
「此の火薬で何をする積りだ?」
「構わんで下せい」
葛彦は一文字に口を結び、思い詰めた表情であった。
「藤家に向かう積りか?」
葛彦は唇を噛んで、答えなかった。
「御前一人で攻め込んで、どうにか成るとでも思っているのか?」
「藤家の屋敷等、吹き飛ばしてくれますわい!」
葛彦は顔を真っ赤にして叫んだ。
「奥向きの事を儂が知らんと思うですか? 世間の噂位耳に入ります。使いの者があれだけ出入りしていれば、何かあったと分かりますわい。聞けば、主様は元より御子達にまで余りな仕打ち。儂はもう放って置けませぬ!」
「死にに行く積りか?」
梅若は静かに尋ねた。
「一人で何が出来る。いくら火薬を使ったとて、屋敷に入り込む事さえ出来まい。門を吹き飛ばすのが精一杯ではないか」
「火薬を抱いて時平様の乗物に飛び込んでやりますじゃ!」
「其れでどうなる? 藤原は時平様だけではないぞ。取巻きの公家衆はどうする?」
「……」
葛彦に其れ以上の考えはなかった。
問答では負かされると知った葛彦は、制止を振り切って走りだそうとした。
「待て!」
梅若は、葛彦の腕を掴んで引き留めた。
「吾に任せよ。考えがある。
「我慢出来ぬのは御前だけではない。一人では遣らせぬ」
梅若の指は、万力の強さで葛彦の腕に食い込んでいた。
「藤家の者共、公家の諸衆、眠れぬ程に震え上がらせて呉れる」
「梅若様!」
「乗物一つ等と手ぬるい事では終わらせぬ。雷神の怒りどれ程の物か、天地を揺るがしてやろうぞ」
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鉄と草の血脈-天神編
Ficción histórica天神菅原道真。 日本人なら誰でも知っている学問の神様だが、日本最大の怨霊として恐れられた存在でもある。 道真は、「梅」と名付けた特殊能力集団を操り、雷神の力を駆使する超人であった! 電撃を飛ばし、火炎を操る。ある時は大地を揺るがせ、ある時は天を焦がす。 これは、道真の謎に独自の仮説で挑む超時空小説である。