■第十六章:雷神封じ
「三善清行は道真のライバルの様に言われているが……」
「歳は二歳しか違わないが、官位では道真より大分下だ。ライバルと呼ぶのはどうかな」
実は私も、道真と清行は対立関係にはなかったと考えていた。
逆に、道真断罪の理論的バックボーンとなった辛酉革命説は、道真が考案して清行に発表させた物ではないかと疑っていた。
中国の文献、故事を引用して説を展開する構成に隙が無く、道真の手際を彷彿とさせるからだ。
昌泰から延喜への改元後江戸幕府崩壊に至るまで、辛酉革命説に基づく改元は延々と実行されていたのである。
「本来学者ってのは学説を戦わせる者であって、意見が違うからといって敵対している事には成らないと思う」
私は、須佐にそう告げた。
「菅家廊下は氏を問わず誰にでも門を開いていた様だからな。道真が度量の小さい男だった筈はないだろう」
須佐も其の点は同意見だった。
「人望があったからこそ、道真は天神として敬われる事に成った訳だ。唯の学者馬鹿じゃそうは行かない」
とは言え清行と道真が仲間だったと、簡単に結論付ける事も出来ない。
「官吏の登竜門である方略試を清行が受験した時、試験官を務めたのは道真だった。しかし不合格とされ、道真の事を恨みに思っていたと言われているね」
私は、予習の成果を披露した。
「確かにそうだ。二人を繋ぐ存在がなければ、協力し合うとは考えにくい」
「清行の師匠じゃないのか?」
「おっ? 先生、勉強して来たね」
清行の師は、巨勢文雄(こせのふみお)という学者であった。
巨勢文雄は道真の父是善と道真の間の世代に当たり、是善から引き継ぐ形で文章博士に成っている。
元は味酒首(うまさけのおびと)という姓であったが、願い出て貞観三年九月に巨勢氏への改姓を許されている。
酒造に従事する氏族を出自としていた様だ。
此の辺りは、葬送を祖業としていた土師氏が菅原氏への改姓を願い許された事情と重なる物がある。
想像を逞しくすれば、不遇を憂いていた文雄に対して菅原是善が改姓する事を勧めた可能性もある。
文章生や文章得業生に成れるのは極く限られた一部のエリートである。
菅原家と巨勢家が親しく交わっていたとしても不思議はない。
文雄の後に文章博士を引き継いだのが、道真であった。
道真が遺した「菅家文草」には、巨勢文雄との親交を示す文章が載っており、文雄を「詩友」と呼んでいる。
「道真の家来に、味酒という名の人間がいた筈だ」
是も予習の成果である。
「大宰府への赴任の時、道真に従って行ったのが味酒安行だ」
須佐は即答した。
「二年後道真の最期を看取り、後日太宰府天満宮が造営される地に亡骸を埋葬したのが此の男さ」
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鉄と草の血脈-天神編
Ficción histórica天神菅原道真。 日本人なら誰でも知っている学問の神様だが、日本最大の怨霊として恐れられた存在でもある。 道真は、「梅」と名付けた特殊能力集団を操り、雷神の力を駆使する超人であった! 電撃を飛ばし、火炎を操る。ある時は大地を揺るがせ、ある時は天を焦がす。 これは、道真の謎に独自の仮説で挑む超時空小説である。