■第二十八章:南都北嶺
源光暗殺により、荘園制度改革に抵抗する豪族勢力は大幅に弱まった。
元来藤原氏は天智、天武両天皇の下、公地公民制を推し進めた原動力であった。其れまで覇を唱えていた大豪族蘇我氏に代わって、日本一の豪族勢力となった。
公地公民制の強化は、藤原氏にとって勢力伸長を妨げる物ではない。寧ろ他豪族に対して有利な立場に立てる好機であった。
だが、私領拡大に励むのは豪族だけではなかった。
「南都北嶺」、そう呼ばれる二大勢力が存在した。
北嶺とは都の北方、琵琶湖の畔にある比叡山延暦寺。
そして、南都とは、大和に位置する興福寺の事であった。
基より興福寺は藤原氏の氏寺であり、朝廷から特別な保護を与えられていた。藤原との繋がりの強い寺社といえば、其の氏神を祀る春日大社がある。興福寺は春日大社を併合する事によって、藤原氏と朝廷に対して強い影響力を持つに至った。
延暦寺は彼の最澄が比叡山に開山した天台宗総本山であるが、元々の地主神であった日吉大社を寺の内部に取り込んでしまった。是により「山王信仰」という独特の宗教伝統を生む事になる。
「豪族の次に世の中を牛耳ったのは寺社勢力だった訳だ」
須佐は、ほろ酔いで自説を開陳した。
「其れにしても、興福寺は何故春日大社を取り込む必要があったんだ?」
氏寺としての権威だけで、十分藤原氏に対して圧力を掛けられそうな物だと、私は考えた。
「詰まる所、仏は祟らないからさ」
須佐は、さらりと答えた。
「まあ、仏罰という言葉はあるがね。悪い事をすると罰が当たるという事だろう? 因果応報。どうも他人行儀で、迫力に欠けるのさ」
「そんなもんだろうか?」
「其処へ行くと、神道は怖い。神は祟るからな。しかも氏神様と来れば、自分達の御先祖だ。何の誰べえと名前が付いてる。こりゃ、生々しいわな」
私にはピンと来ない部分もあったが、仏様より神様の方が怖いという感覚は理解出来た。仏教が哲学的であるのに対し、神道はもっと生理的で、生身の部分と繋がっている気がした。
「其れは其れとして、何故興福寺が春日大社を呑み込み、其の逆ではなかったのかという疑問はあるわな」
須佐は、コップ酒をちびりとやりながら言った。
「是は俺の個人的な見解なんだが、僧侶と神職には育ちの差ってのがあるんじゃないかと思うんだ」
「育ちって言うと?」
「神職てのは、基本世襲制だろう? そして、神に仕える身であって、自らが神に成ろうとしている訳じゃない」
「そりゃそうだ」
「一方、僧侶ってのは経典を研究する学者と言える。漢籍を読み解く訳だから、其れだけでもインテリだ」
「遣唐使の多くは学僧だったね」
「更に言えば、仏教とは人が仏に成る為のマニュアルな訳だ」
実際に人の身で仏に成ったと認められているのは釈迦だけなのであるが、仏教とは其の教えをなぞり、自分達も仏に成る、即ち成仏しようという宗教である。其れが須佐の仏教観であった。
BẠN ĐANG ĐỌC
鉄と草の血脈-天神編
Tiểu thuyết Lịch sử天神菅原道真。 日本人なら誰でも知っている学問の神様だが、日本最大の怨霊として恐れられた存在でもある。 道真は、「梅」と名付けた特殊能力集団を操り、雷神の力を駆使する超人であった! 電撃を飛ばし、火炎を操る。ある時は大地を揺るがせ、ある時は天を焦がす。 これは、道真の謎に独自の仮説で挑む超時空小説である。