4、空白の時間

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「うわっ、なんだこれ。ひどい部屋だな」

「……」

あのあと、理人は景の車で自宅まで帰ってきた。ちなみに、運転手付きの黒塗り高級車に乗って、だ。

先ほど袴田を連れ去っていった武知という男は、景の秘書兼運転手なのだという。武知はいかついなりをしているが、景や理人に対する態度はとても丁寧で腰が低い。そういう扱いに慣れていない理人は、しきりに恐縮してしまった。

「ていうか、運転手付きとか。お前今、何やってんの」

と、理人はゴミ袋にぽいぽいとコンビニ弁当の残骸やペットボトルなどを放り込みつつ、窓から外を眺めている景に尋ねた。すると景はスラックスのポケットに手を突っ込んだままこっちを見て、微妙な角度に唇を釣り上げる。笑っているのかいないのか分からない、不思議な表情だった。

「……知りたい」

「え いや、まぁ、そりゃ……」
「んー、どうしよっかなぁ……」

「じゃあいい」

ニヤニヤしながらもったいぶる景の態度にむっとして、理人はぷいとそっぽを向いた。すると、景がくすくすと笑う声が聞こえてきた。

音もなく近づいてきた景が、理人と一緒になってゴミ集めを始める。すっかり大人びた横顔に、少年の頃の面影がぼんやりと重なって見えた。

理人はあの日のことを思い出しながら、ぽつりとこう呟いた。

「……俺、ずっとお前のこと探してたんだぞ」

「え」

「景、急にいなくなっただろ 俺がどんなに心配したか、分かるか」

「……うん、ごめんな」

「あんなに心配してたのに、急に俺の前に出てきてさ…… お前、今まで一体どこで何してたん

だよ」

第二性がオメガと判明し、『温室』へ行くことが決まってからもずっと、理人は景を探していた。

当然、夜神家には何度も訪ねた。その度帰ってくる返事は、いつも同じだ。

『より良い教育を受けさせるために、海外留学させた』というものである。

留学するなんて、一度も聞いたことがなかった。それならそれで、理人に一言挨拶があってもいいようなものだろう。

そんな回答で納得がいくはずがない。景の消え方は、あまりに不自然だったからだ。

家の周りをいつまでもうろつき、景の行方を嗅ぎ回る理人の存在に辟易したのか、夜神月家は直接『光の園』に苦情を突きつけてきた。そして最終的には、『これ以上迷惑行為を続けるなら、学校へ通えなくしてやる』と脅迫まで。

理人にとって、学問は生きる道だ。それを理解していた『光の園』の園長は、理人の未来が奪われることを恐れ、夜神月家への干渉を禁じたのである。

ひょっとしたら、景のほうから会いにきてくれるかもしれない。景がアルファでも、オメガでも、ベータでも、自分を探してくれるかもしれない……。淡い期待を胸に抱きながら、理人は『温室』で
勉学に励み続け、大学へ進学も果たしたけれど……。

だが一向に、景からの連絡はないままだった。

その頃には、景を探し、待ち続けることにも、段々と諦観の念を感じ始めていた。



「お前は俺のことなんか忘れて、とっくにどっかで幸せになって、楽しく暮らしてるんだって思ってた。景は優秀だったし……きっと、まわりの人間が放っとかないだろうなって」
「……」

「なぁ、実際どうしてたんだ お前今、どこで何してるんだよ。なんで今日、俺の前に現れた」

知りたい欲求が、理人の身体を前のめりにする。だが景は、ずいと迫ってきた理人に驚く様子もなく、じっと静かな視線を返してくるばかりである。

「それにお前、どっち、なの……」

「……どっちって」

「オメガなのか、アルファなのか……」

12Where stories live. Discover now