「……全く、何やってんですか芦屋さん」
「悪い悪い……ってなんで俺がお前に謝んなきゃいけねぇんだ」「だいたい俺たちの幼少期のことなんて、芦屋さんに関係ないじゃないですか。気持ち悪い。プライバシーの侵害だ」
「いやただの世間話だろ そこまで言わなくてもいいじゃねーか」
理人の隣に座った景は、ちくちくちくちくと芦屋に文句を垂れ続けている。
芦屋と話す景は、いつもよりずっと生き生きして見える。さっきからずっと不機嫌は不機嫌だが、理人といる時には絶対に見せないような、張りのある表情だ。
それに、二人の関係はとても気安いようで、会話の息もぴったりだ。きっと違いを信頼し合っているのだろうな……と思うと、なんとなくさみしいような、居づらいような気分になってくる。
「あ、あの……じゃあ俺、先に帰らせてもらってもいいですか ちょっと休みたいっていうか……
」
「俺が送るよ。むさ苦しいアルファフェロモンに当てられて酔っちゃったんだね」
「言うに事欠いてむさくるしいとはなんだお前」
と、口をへの字にして怒っている芦屋になど目もくれず、景は理人の手をとって立ち上がらせる。
景の白い指を見ていると、どうしても昨日のことを思い出してしまい、理人はサッと手を払った。
「……あ」
「……」
しばし二人は無言で目線を交わしていたが、先に気を取り直したのは景だった。テーブルの上にあった伝票を掴み、理人を促して通路に出る。
「おい待て。お前、また香乃さんを連れ回す気じゃないだろうな」
「そんなことしません。始末書書きながら反省しましたから」
「いや絶対してないだろ」
「しました。ついでに午後から自宅謹慎しますので、何かあったら携帯に連絡ください」「自宅謹慎 あ、ちょっと待て夜神」
芦屋相手にはいつもこうなのか、景は一方的に身勝手なことを言い、さっさと会計を済ませて店を出てしまった。
「いいのか 芦屋さんほったらかして。仕事も……」
「いいんだ。……俺も、ちゃんと謝りたかったから」
理人の部屋に戻ってくると、景は理人をベッドに座らせた。そしてすっとラグマットの上に膝をつくと、上半身を折って頭を下げる。
「……昨日は、ごめん。やりすぎだった」
「……あ。うん……」
「もっと慎重に伝えるつもりでいたんだ。……でも、高科との思い出を話す理人を見てたら、もう、苦しくて」
「苦しいって……どうしてだよ」
景は顔を上げ、必死さの滲む切なげな表情で理人を見つめた。
あまりにもひたむきでまっすぐな瞳に、理人の胸がどくんと跳ねる。
「……好きなんだ、理人が」
「……え」
「子どもの頃からずっと、好きだった。今でも……好きだよ」
「け、景……」
すっ、と理人の手に、景の手が重なる。形の綺麗な白い指が、骨ばった自分の手に重なるのを見下ろしていると、戸惑いと喜びがないまぜになったような複雑な感情に、胸がざわつく。
「だから……早く忘れて欲しかったんだ。『亡き番』のことなんて早く忘れて、俺を見て欲しかった。
だから昨日、焦ってあんな酷いことを……」
「ちょ、ちょっと待ってよ まだ俺、昨日のこと全然整理できてないんだ なのに急にそんなこと言われても……」
「……あ……ああ、そうだな。ごめん、ちゃんと話すよ」景はふう、とひとつ息を吐き、自分の膝の上で拳を握った。
そしてゆっくりとした口調で、これまでのことを話し始める。胸の奥に凝ったものを、解きほぐしながら吐き出すように。