17、傷〈景目線〉

0 0 0
                                    

「おやおや、随分色っぽい格好ですね」

理人の住むマンションを出たところで、景は一人の男に呼び止められた。

景がきつい眼差しをそちらに向けると、エントランスを出てすぐの暗がりに白いセダンが停めてある。そこにもたれかかっていた男が、すっとこちらに歩を進めてきた。

このマンションの駐車場は裏手にあり、武知はそこに控えているはずだ。嫌な奴に見つかってしまったと、景は眉根を寄せてため息をついた。

「……美園さん。何かご用ですか」

「いやいやいや、私と香乃さんのアポを横取りして行ったのはあなたのほうですよ。しかもこんな時間まで、一体中で何をしていたんでしょうね」

美園優一は全てを見透かしたような目つきで、景の全身を舐め回すようにしげしげと見つめている。甘ったるい顔立ちに卑しい光を見つけてしまえば、景の苛立ちはさらに高まる一方だった。

ジャケットはなく、ワイシャツのボタンは中途半端に留めただけ。ついさっき少し涙を流してしまった上に、髪も乱れているだろう。まさかこんな格好をしているところを美園に見られてしまうとは……と、景は己の迂闊さに内心舌打ちをした。

「暗い顔をしていますね。喧嘩でもしたんですか」
「喧嘩なんて……かわいいもんじゃありませんよ。全部、ぶちまけてきたんです。全部」

「はぁ……やれやれ。本当に君は、加減を知らないおバカさんだ」

「……何だと」

美園は細い唇に軽薄な笑みを浮かべつつ、景のすぐ間近に立った。美園の方が上背があるため、いくら睨みを聞かせて見ても、どうしても見上げる格好になってしまうのが口惜しい。

「差し上げた情報をどう使うかは君の自由ですが、まさかこうもカードの切り方が下手とはね」「……俺は別に、理人に対して駆け引きをしたかったわけじゃない。……ただ」

「ただ、あの可愛いオメガさんを自分の元に引き戻したかった、んでしょ じゃあ、別に言わなくていいことだって、いっぱいあったんじゃないですかね」

「そうかもしれない。……でも、高科のように、いつまでも理人を騙して、隠し事を持ち続けるなん

て、俺にはできないよ」

「ふふっ……そうですか。その結果がどう出るか、見ものですね」

美園の視線が自分の首筋に注がれていることに気づき、景は素早くシャツの前を閉じた。しかし、ねっとりと絡みつくし視線が肌から離れることはなく、不快感だけが募っていく。

景が高科の過去を探り回っていた頃に、美園のほうからコンタクトがあったのだ。

『法務省のお若い方が、オメガ人身売買に興味を持たれていると聞きましたが、君は何を知りたいんですか』と、甘い声をかけられた。

見るからにあやしい雰囲気を醸し出すアルファだったが、美園は警視庁幹部職に就くエリートだ。当時、高科を陥れるために躍起になっていた景にとって、美園からの取引は渡りに船だった。身分が高ければ高いほど、引き出せる情報の質はいい。高科の過去を掘り返すことができるなら、どんな代償を払うことになろうが厭わないと思っていた。

「……どうです、今から。香乃さんのアポのために、身体を空けていたんです。埋め合わせをして

くださいませんか」

「……は 何言ってるんです。あんたとはもう、終わりだと……」

「それはそうですが。……ふふっ……今まで、君はあのオメガを抱いていたんでしょう セックス

の匂いがする」

「っ……近づくな」

すんすんと首筋に鼻を近づけてくる美園の身体を突き放そうとしたが、逆に手首を掴まれてしまった。体格のいいアルファを前にしてしまえば、オメガである景の肉体など儚いものだ。どれだけ肉体を鍛えようとも、生まれ持った性質の違いは覆しようがない。

「……オメガのくせにオメガを抱くなんて、生意気なんですよ。身の程知らずなお坊ちゃんだ」

「……俺が誰を抱こうが、あんたに関係ないだろ」

12Unde poveștirile trăiesc. Descoperă acum