「……眠った、か」
ベッドの上ですうすう寝息を立て始めた理人の寝顔を眺めながら、景はうっとりと微笑んだ。
軽く部屋の掃除をした後、ついでに夕飯をご馳走になった。世話になっている看護師からの差し入れなのだと言い、淡く微笑む理人の顔を思い出しつつ、無防備な寝顔をじっと見つめる。
心身を病んでいるためか、理人の肌は青白く、身体は細く痩せてしまっている。全身から儚さを漂わせる理人のことを、本当はすぐにでも抱き締めてやりたかった。
少年時代と変わらず、理人は純粋で愛らしかった。記憶の中の彼の姿を思い出すにつけ、痛々しさに切なくなる。
子どもの頃の理人は、健康的な小麦色の肌も艶かしい、色香のある少年だった。
陽の下にいるのが似合う少年で、笑顔がとても眩しかった。弾けるような笑い声、軽快に動き回る瑞々しい肉体、そして、誰に何を言われても卑屈にならず、飄々としている芯の強さ。そんな理人の姿は、素晴らしく魅力的だったものである。
そう、ずっと昔から、景は理人に恋をしていた。
第二性というものがどういうものか分からないうちから、景は理人への恋心を自覚していた。理人を特別な目で見ているクラスメイトが一人や二人ではないことにも、景はすぐに気がついていた。
だが理人は、色恋にはまるで疎かった。周りに比べてずっと初うぶで、そういう艶かしい話題を振られると照れてしまうらしく、むっつりと不機嫌になってしまうのである。
だからこそ、理人の前では、完璧に友人としての顔を貫いてきた。その努力の甲斐あって、景は『親友』としての座を手に入れることに成功した。願わくばずっと、景の居場所は理人の隣でありたかった。
――あんなことがなければ、俺はとっくに、理人を自分のものにできていたかもしれない……。
さらりとした黒髪に指を通すも、理人はぴくりとも動かない。艶のある黒髪が肌を滑る感触はあまりにも官能的で、景は思わず熱いため息をこぼした。
伏せられた長い睫毛が、目の下に浮かんだ翳りをより濃いものに見せている。特に、孤独に過ごす発情期を終えたばかりだからだろう、理人はひどく疲弊しているようだった。久方ぶりの親友との再会で、すっかり気持ちが寛いだのだろう。理人はここ一週間ずっと寝不足だったのだと言い、食事を済ませるとすぐに、うとうとと眠たげに目をこすり始めていた。
試しに「眠そうだし、俺はもう帰るよ」と申し出てみると、理人はすぐさま首を振り、「もうちょっと話したい」と景を引き止めた。袖を掴まれ、縋るような眼差しでそんなことを言われ、景は歓喜と興奮のあまり一瞬我を忘れそうになってしまったものである。
だが、衝動をぐっとこらえて、紳士然とした態度を貫いた。そして「眠るまでそばにいる」と理人に伝え、ベッドに横たわる理人ととりとめもない会話を交わしていた。
鈴を転がすような声がいつしか寝息に変わった頃、景はそっと、理人の顔を覗き込む。深く上下する胸は、ゆっくりと規則正しい動きを見せている。
「……理人」
小さな声で呼びかけてみるものの、当然返事はない。だが、景は至極満足げな微笑みを浮かべつつ、今度は理人の頬に指を這わせ始めた。
ほっそりと痩せた頬が哀れを誘い、居ても立っても居られない気分になった。景はベッドの傍に跪き、理人の頬を両手の中に包み込む。
そして、そっと理人の頬にキスを落とした。
「……理人…………はぁ……」
胸いっぱいに、理人の匂いを吸い込んで、景は恍惚とした表情を浮かべた。理人が身じろぎをしないことに調子付いた景は、さらに手を伸ばし、理人の頭をゆっくりと撫でてみる。
幼子をあやすように、優しい手つきで。何度も何度も理人の頭を撫で、髪を梳く。そんなことをしているうち、何年も押し殺してきた生々しい感情が、マグマのように腹の底から湧き上がってくる。
「……理人」
身を乗り出し、景は理人の唇を親指で辿った。かさりと乾いた感触だが、指を押し返す弾力が心地が良い。